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自から手がけるCDで持ち味のハスキーボイスを最大限に生かす
小さいころ、誰でも一度はあこがれる職業、歌手…。ましてや、目分で詞を書き、その詞に曲をつけて歌えたら、どんなに素晴らしいことだろう! デビューするには上京してオーディションを受けるなどいろいろな道があるけれど、地元広島にいて夢をつかむ人もいる。 
山田栄美子
シンガー・ソングライター

十日にCD「@NewYorkSite」(アートユニオンを発売したシンガー・ソングライターのYOKOさんは、 作詞、作曲、編曲、プロデュースを目ら手がけ、全国デビューした。「ニューヨークで感じたもの」という意昧のCDは、ポップスあり、バラードあり、ラテンテイストありの 多彩な構成になっている。四月下旬、ニューヨークのマンハッタンでライブを終えたばかりだ。

本名 古田揺子さん、下関市出身。広島市のエリザベト音楽大時代は声楽科でオペラを専攻していた。
当時から「カメラのサエダ」「おもちゃのお国甲山屋」などの地元コマーシャルソングを歌い、歌手活動に足を踏み入れる。裏声が中心となるオペラの発声に慣れていたため、 地声をまっすぐに出すポップスを歌うと「オペラ声を出すな」とよく言われ、苦労したそうだ。仕事の報酬はイベントの規模や内容によってまちまち。常に十分な収入が得られるわけではなかった。


べーシストで曲のアレンジやミキシングもするエンジニアの夫と結婚してからも、地元のテレビ番組のコーラスグループで地道に歌ったり、 CMソング、イベント出演などを続けた。



「英語の勉強をしよう」と、三十七歳のときニューヨークに渡ったーハーレムの教会でゴズペルクワイヤに参加したことが、 現地の人間関係を広げるきっかけとなった。東京の音楽レーベル会社アートユニオンの目に留まリ、目身の歌声を録音したデモテープを聴いてもらい、CD発売となった。

曲作りのために日ごろから心がけていることは、人に興昧を持つこと。映画を見たり、人の話を聞いたリ、絶えずアンテナを伸ばすことが、 詞を書くヒントになる。そして、曲が浮かんだらすぐ五線紙に書く。絶対音感があるので楽器はいらないという。三年前に東京・新宿でストリートライブを決行した。 遠慮しがちな広島の反応とは違って、ワアーツと押し寄せる人の波に広島と東京のギャップも感じた。

CD発売後は北海道から沖縄まで全国のレコード店を回ったり、ライブをしたりのプロモーション活動が待っている。 メジャーになったらやはり東京へ?の質問に「広島が好きだから、これからも広島在住で活動を続けます」と、うれしい言葉が返ってきた。